Artisans of Japan!

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専業農家:新潟の宮尾夫妻

先日、友人の実家、専業農家のおうちに泊まってきました。

初めてのファームステイ!

そのとき、友達とこんな話をしました。

 

農家も含めて、職人として働くことには、(万人に通ずるかは分からないけど、)確かに良さがあって、そこへの憧れがあるんだけど、それは私たちが直にそうやって、職人として働く親を見てきて、肌感覚で感じてきたから分かることであって、それを原体験のない人に、伝えるのってすごく難しいよね。

 

とは言え、私はその魅力を何とかして伝えたくて、それをweb上で伝えるのであれば、第三者の言葉よりも、それを見てきた本人の言葉を借りるのが1番良いだろうということで、農家の両親のもとで育った友達が去年のクリスマス前に、Facebookに投稿していた文章の転載許可を取り、ここに載せます。

 

 

 

 

「両親にとっていい娘になりたい」から、私は今年のクリスマスも家族にプレゼントを送る。

 

 

お父さんとお母さんに対して罪悪感と尊敬と羨望と劣等の気持ちが、小さい時からずっとある。
私は親のお金で遊んで暮らしている。親に学費を出してもらって家賃を払ってもらって4年間大学に通ってきた。

 

そのお金は、全てお父さんとお母さんが汗水たらして農業で稼いだお金ということを私は知っている。
お米は無農薬栽培だし、鶏は平飼いだから膨大な手間と時間がかかることを私は知っている。

 

 

小さい頃から両親はいつもいつも農作業をしていた。

お母さんの指は関節炎でずっと真っ赤でボコボコに。
「重いもの持ちすぎてこうなっちゃった。汚い手だね。」と笑っていたけど、私は知ってる。
お母さん、若い頃ハンドモデルくらい指が長くて綺麗なのちょっとした自慢だったんだよね。今はもう真っ赤に腫れて太い指になって結婚指輪もはめられない。

ひよこがネズミに食べられると悪いからって寝袋をひよこ小屋の横に敷いて、ひよこと一緒に一夜を明かしてたね。

 

 

お父さんは眠いと目が赤くなって涙目になるからすぐ分かるよ。
昨日もお米の集荷発送に間に合わないからって黒崎の倉庫まで夜な夜な車を走らせたってお母さんから聞いた。

お父さんとお母さんが自分の洋服を買った所を私はほとんど見たことが無い。
お父さんはいつも貰い物で○○工業とかって会社名の刺繍が入った作業着を着ている。
「俺にはこれで十分なんさ。」なんて笑うけど、お父さんはカッコいいからもっとオシャレして欲しいよ。

 

 

私は専業農家の割りに贅沢させてもらった子供だと思う。
ブランド品とかは買ったことないけれど、必要なものは買ってもらったし興味が湧いた習い事も惜しみなくやらせてもらった。
他の家の子に比べたら町に行く頻度も少ないし、鶏の世話があるから家族旅行やディズニーランドには行けないけど、今思うと本当に不自由は無かった。

 

 

「仁実たちにはお金とかは何も残せないけど、知識と経験は誰にも奪えない一生の財産だからね。学ぶ事へのお金はちゃんと用意してあるから心配しなくて大丈夫だよ。」
私立大学への進学を決めて両親にごめんね、と言った時に母が言ってくれた言葉だ。

両親に高いお金を払わせた割りに、私は大学に何をしに行ったんだろう?
良く言えば色んな世界を経験した、正直に言えば社会人生活から逃げて自由で働かずとも許される時間を貪っただけ。

「遊べるのは今のうちだから海外旅行とかいったほうがいいよ。」とかって言われるけど、卒業旅行のためにバイトしまくってるけど、結局は両親に学費を出してもらって私自身が楽しむためだけに4年という時間を手に入れたのだ。

 

 

 

罪悪感からこの前、両親に電話で
「社会人になったら少ないけど家にお金入れるよ。だからあんまり無理して働かなくていいよ。ちょっと仕事の量少なくしたらいいよ。」
と言った。

 

「ありがとう。でも、お母さん達は農業が楽しくてやってるから、全然大丈夫なんだよ。農業があるから毎日が充実して楽しいからいいんだよ。」
って言葉が返ってきた。

こういう時わたしは強烈な劣等感を覚える。
私は両親のように好きで楽しくて仕方ないことを仕事にできるのだろうか、不安になる。
両親の生き方に憧れ、両親のように生きられていない自分が情けなくなる。

その気持ちを伝えると
「そんな、お父さん達なんてダメダメだよ。仁実たちにいつもたくさん勉強させてもらってやっと親にさせてもらったんだよ。仁実のことを、いつもすごいなぁと思ってるから劣等感を感じる必要はないんだよ。」
といつも言って貰えるし嬉しいけど、両親はますます眩しくなる一方だ。

 

 

両親が稼いだお金を使わせている罪悪感や、両親のように生きられない劣等感や羨望から「いい娘」になりたいとずっと思ってきた。
両親に産んでよかったと思われたいから、小さい頃から両親に感謝の手紙を書いていたし、今もクリスマスや誕生日プレゼントを送る。

いい娘になることで、罪悪感から逃げられるような気がするから。
「本当にお母さんたちのところに産まれてきてくれてありがとうね。」といわれたら劣等感や羨望なんてどうでも良くなるから。

いい娘になりたい。
でも勉強ができるいい娘にも、スポーツができるいい娘にもなれないから「家族想いのいい娘」になろうとしている。

 

 

だから私の親孝行っぽい行動の動機は、純粋な気持ちで両親のことを大切にしたいというものではない。
結局、自分の心を楽にしたいから自己満足のための自慰行為としてやっているのだ。

それなのに両親はすごく喜んでくれていい娘だといつも言ってくれるから、こうやって告白する。

自分の汚い心を告白したら、正直な気持ちを話したら許される気がするから。ズルいやり方だな、と自分でも思う。

ということで、
おじいちゃんにはポーチと小銭入れ
おばあちゃんには大判ストール
お父さんにはベスト
お母さんにはコートとお皿
弟にはジャケットとズボンとアクセサリーを送ります。

もうすぐハッピーメリークリスマス。
長々すみません。
私の懺悔でした。

 

お父さんとお母さんに対して罪悪感と尊敬と羨望と劣等の気持ちが、小さい時からずっとある。

 

っていう文がすごく個人的に好きなのですが、”羨望”と”劣等感”が入り交じった気持ちっていうのを、職人さんを近くで見てきた人たちの多くが感じてきた感覚じゃないかなと思います。

 

この”羨望”を、「いい学校→いい会社」の外側にある世界の、その外の世界に届きにくいキラキラをどう原体験のない第三者に届けられるのかをこれからも模索していきたいです。

 

 宮本まどか

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転載元

宮尾 仁美さん、

2014年12月21日のFacebook投稿より

https://www.facebook.com/hitomi.miyao.5/posts/877080559053620

(文字間のスペースや文字の太字化、一部省略する等、宮本が編集を加えております。)